生きる事は、心の在るべき姿を知ること。
その繋がりを知ること。

「欲」と「屈折」

自分を透明なグラスに入れられた水だと思えばいい。
様々な「欲」によってその水の色は変わっていき、
光を屈折させていく。
そして屈折した分、光は本来到達すべき場所から離れ、
全く違うものを照らし出してしまう。

でも光は水に入ってきた時から屈折してしまうから、
まさかそれが曲がっているのだと自分の中ではなかなか気づけない。
欲が強くなればなるほど、「屈折率」を高めていき、
いつしか光を自分の中に取り込むこともできなくなってしまう。

…では「無欲」で生きよう。

いやいや、これではきっと人ではなくなってしまいますし、
生きる目的さえも見失ってしまうことに成りかねません。
ではどうするのが一番良いのでしょうか?

問題は「欲」が強くなることにあります。
適度な欲は欲とはみなされない(自分にとっても相手にとっても許容される範囲であること)。
相手が見えなくなるのは自分の欲が強いからなのかも知れません。
それは愛情においても、仕事においても、友情においても。

生きているとは常に欲と一緒であることを理解しなければならないと思います。
そしてもし、相手が見えなくなるのであれば、
それは何かの「欲」が自分の水を濁しているというサインであることを知り、
本来の光の通るべき道筋を客観的に見る事が大切です。

人は知恵があるからこそ、欲に溺れ、本来クリアな水でさえ濁らせてしまう力を持っています。

今不安だと思っていることさえ、
今幸せだと思っていることさえ、
今悲しいと思っていることさえ、
今嬉しいと思っていることさえ、
今苦しいと思っていることさえ、

本来はクリアな水であることを思い出すためのサインなのかもしれない。


あなたは既にこの投稿にいいね!しています。
会員登録すると、フォローや支援ができます!
詳しくはこちらをクリック
※投稿へのいいね!は、ログイン不要で誰でも行えます。
会員登録すると、フォローや支援ができます!
詳しくはこちらをクリック

Future Accessに登録してCoachを応援しよう!

COMMENT (0)

Coachさんの新着記事

お気に入り記事 お気に入り記事